マンガ電子書籍のジャンル一覧はこちら

北条義時の妻3人(姫の前と阿波局と伊賀の方)の経歴や正室と側室と継室の違い

北条義時を演じる小栗旬の画像

NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』がスタートして、話題になっています。

昨年は幕末以降が舞台だっただけに、鎌倉時代にまでさかのぼったのも新鮮なものになりました。

さて、そんなNHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』の主人公は、小栗旬さんが演じる北条義時。

そこで、この記事では、北条義時の3人の妻にスポットライトを当ててまいりたいと思います。

北条義時には、正室の姫の前と継室の伊賀の方、側室の阿波局という3人の妻がいたのですが、その経歴は、どのようなものだったのでしょうか。

そもそも、正室と側室の違いとは何なのかも含めて、ご紹介していきますので、ご覧ください。

北条義時のプロフィール

NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』の主人公である北条義時は、1163年、鎌倉幕府初代執権の北条時政の次男として生まれました。

北条時政が執権となった後、1205年には、姉の北条政子とともに、謀反をはかった北条時政を鎌倉から伊豆に追放。

そして自身は鎌倉幕府第2代執権となって、北条政子とともに、実権を掌握することに。

1219年、源実朝が暗殺されて源氏の将軍が断絶してからは、とくに影響力を発揮していきます。

1221年には、承久の乱において、鎌倉幕府に敗北した後鳥羽上皇、土御門上皇、順徳上皇を配流し、仲恭天皇を廃位するなど、強権を発揮することに。

そして1224年、波乱に満ちた鎌倉時代初期を生きた北条義時は亡くなったのでした。

なお、北条義時の死後、鎌倉幕府の第3代執権には、長男の北条泰時が就任しています。

北条義時の妻「姫の前」のプロフィール

まずは、そんな北条義時の3人の妻のうち、正室である姫の前(ひめのまえ)とは、どういう女性だったのか、見てまいりましょう。

姫の前は、比企朝宗の娘です。

生年月日は不明で、源頼朝の大倉御所に女官として勤めていました。

容姿はそうとうな美人で、源頼朝からも気に入られていたといいます。

当初は北条義時から気にかけられても反応せず、源頼朝が北条義時と姫の前の間を取り持ったとのことでした。

こうした甲斐もあって、1192年、北条義時と姫の前は結婚。

以後、姫の前は、北条義時とのあいだに、1193年に義時の次男の北条朝時1198年に義時の三男の北条重時をもうけています。

その他、娘の竹殿(たけどの=生没年不詳)も。

ところが、姫の前は、1203年、比企能員の変によって、実家の比企氏が北条義時に滅亡させられて、北条義時と離縁

その後、源具親と再婚して、源輔通や源輔時を産んでいます。

そして姫の前は、1207427日に、享年は不明なものの、亡くなったのでした。

北条義時の妻「阿波局」のプロフィール

続いて、北条義時の3人の妻のうち、側室である阿波局(あわのつぼね)とは、どういう女性だったのか、

見てまいりましょう。

北条義時の正室である姫の前は、先述のように、ある程度、データがありました。

しかしながら、阿波局は、対照的にその人物像はほとんどがヴェールにつつまれていたのです。

阿波局については、北条義時の最初の妻であり、彼とのあいだに、北条泰時をもうけた人物だということが分かっています。

しかしながら、生没年月日、父親、母親が誰だったのかなどといったことは判明していなかったのでした。

なお、「阿波局」という女性といえば、北条時政の娘で、阿野全成の妻、源実朝の乳母として知られている人物もいますが、これは名前がおなじだけで北条義時の側室とは別人ですので、間違えないよう注意が必要です。

北条義時の妻「伊賀の方」のプロフィール

北条義時の継室である伊賀の方(いがのかた)とはどのような人だったのでしょうか。

伊賀の方も他の二人と同様、生没年は不詳でした。

北条義時が前妻の姫の前と別れたあとに継室となり、北条政村と北条実泰、娘を産んだとされています。

伊賀氏とも呼ばれていました。

父親は関東の豪族であった伊賀朝光(いが ともみつ)です。

北条義時が死んだあと、「伊賀氏の変(いがしのへん)」とよばれるクーデターを起こしたとされています。

伊賀氏の変は、兄の伊賀光宗と伊賀の方が共謀して伊賀の方の息子である北条政村を執権に、娘婿の一条実雅を将軍にそれぞれ就任させようと画策したとされるものです。

しかし、これを源頼朝の妻で北条義時の姉・北条政子がでっち上げたものだとする説も。

いずれにしてもこの伊賀氏の変は失敗に終わり、伊賀の方は伊豆に幽閉されて4ヶ月後に危篤、死去したとされています。

波乱万丈の人生ですね。

正室と側室と継室の違い

ここまで、北条義時の正室の姫の前と側室の阿波局、継室の伊賀の方という3人の妻を見てきました。

それでは、そもそも、この正室(せいしつ)と側室(そくしつ)、継室(けいしつ)の違いとは、何だったのでしょうね。

正室とは正式な妻、側室とはそれ以外の妻で、俗にいう妾のことです。

正室は身分の高い家から嫁いだ者をいい、側室は身分的に正室になれなかった者をいいます。

継室とは後賽のことであり、正室と同等の扱いをされました。

昔の日本で、男性に複数の妻がいる場合、最も身分が高い妻が正室、それに準ずる妻が側室となりました。

正室と側室の身分は大きく異なり、正室に対して側室は使用人という扱いだったのです。

また、子供についても、男性が正室とのあいだにも側室とのあいだにも男子をもうけている場合、正室が産んだ長男が後継となるのが普通で、側室が産んだ長男と正室が産んだ次男がいた場合、次男が後継になることもありました。

このように、正室と側室のあいだには、厳格な違いがあったのですね。

北条義時における姫の前と阿波局のあいだにも、微妙な空気があったのかもしれません。

ということで、今回は、NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』の主人公である、小栗旬さんが演じる北条義時の妻について、取り上げてきました。

北条義時自体は有名人ですが、正室の姫の前と側室の阿波局という2人の妻は、あまり知られておりません。

それだけに、姫の前と阿波局について触れたことは、かなり意義深かったのではないかと思いますね。

また、そもそも、正室と側室の違いとは何なのかについても、同様ではないでしょうか。

知っていれば、NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』をいっそう楽しめると思いますので、ぜひ、参考にしていただければ幸いです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)